「あるべき姿になる」
聖霊降臨節第8主日礼拝
讃美歌 6「つくりぬしを賛美します」

ペトロの手紙一 3章8-9節
ペトロは、神の民とされたクリスチャンはこの地上でどのように生きていくべきかというテーマに対して、この地上にあっては旅人であり寄留者であるのだから、魂に戦いをいどむ肉の欲を遠ざけ、異邦人の中にあっても、立派に振る舞いなさい、と勧めた。
そして、その具体的な内容が「従いなさい」ということであった。
また、主人に対しては、尊敬の心を込めて従うように。それは善良でやさしい主人に対してだけではなく、横暴な主人に対しても、とある。
さらに、ペトロは「あなたがたはみな、心を一つにし」と言っている。心を一つにするとは、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにするということである。
私たちが一つになるためには互いに同情し合い、互いに兄弟愛を示し、互いに憐れみ深く、互いに謙遜にならなければならないのである。
ここで「互いに」と言ったのは、私たちは一人では神様の御心を行うことはできないということだ。
私たちは教会を通して共に主を礼拝し、共に祈り、共に交わり、共に仕えるのだ。
では、私たちは本当にそのように考え、生きられるのだろうか。
ペトロは、それは可能だと考えていた。なぜなら、イエス様が私たちの罪や弱さを担い、十字架へと歩まれ、私たちの罪の贖いと共に、命をかけて隣人を愛することの大切さを教えてくださったからだ。
聖書の教えに自分の現実を合わせていくことができるのだ。
祈るなら神中心の人になることができる。それは人にはできないことだが、神様にはどんなことでもできるのである。
一見「難しい」、「不可能」と思えることでも、キリスト者としてあるべき姿に変わっていけるような歩みを進めていきましょう。
牧師 三浦 啓


