「架け橋になる」平和聖日礼拝
聖霊降臨節第10主日礼拝
讃美歌 371「このこどもたちが」

創世記 9章8-17節
8月の第一主日は、日本基督教団の行事暦で「平和聖日」と定められている。
教団は1962年に毎年8月の第1聖日を「平和聖日」と定めた。以降、この日に神様の御旨としての平和を聖書から学び、平和の実現を求めて真剣な祈りを捧げ続けてきた。
日本基督教団で「平和聖日」が制定されるに至ったのは、西中国教区からの訴えを受けとめてのことであった。
広島への原爆投下によって被爆した牧師・信徒たちが、1961年の8月6日に、広島原爆投下の日を覚えて「平和聖日」を守るようにと、教団に要請した。
被爆キリスト者たちの訴えは、広く教団諸教会に届き、翌1962年、教団は8月の第1聖日を「平和聖日」と定めたのである。
その後、教団は1967年3月に「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を、当時の教団議長・鈴木正久の名前で公にすることになる。
この戦責告白を踏まえ、「平和聖日」に、かつて教団が戦争に協力した罪の告白を含めて、主の福音に照らし、今私たちはどう生きるべきかを問いつつ、礼拝を捧げてきた。
神様は武器である弓を手放し、地に置いて、それを新たに架け橋として、神様と人との間に橋が架けることを約束された。
現在の世界、日本に幾つもの分断があり、その溝は埋めがたく深くなっている。
私たちはさまざまな理由で分断された両者が一歩ずつでも歩み寄ることを祈り求めたいと思う。
そして、私たちも分断と悲しみの世界のただ中で、荒海に架ける橋になっていくという使命が与えられていることを覚え、身近なところからでも、平和を実現していく歩みをしっかりと担っていきましょう。
牧師 三浦 啓


