「覆いなる愛」

聖霊降臨節第17主日礼拝

ペトロの手紙一 4章7-11節

人は、失敗や挫折、苦難に遭って、日常性を失った時、それまで聞こえなかった神様の言葉にハッと気づくことがある。しかし、できることなら普段から、謙虚な信仰を持って神様の言葉に耳を傾けることが大切である。
この生活にも終わりが来るかも知れない、その意識を持って、神様の言葉に耳を傾けるのである。その姿勢が、7節にある「思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい」ということなのだろう。

今日の聖書箇所の10節で、賜物について記されている。賜物の中でも特に大切なものは愛でなないだろうか。
今日の聖書箇所でペトロが語ろうとしている内容の中心は何かと言えば、“愛し合うということ”だと言って良いだろう。何よりもまず、心を込めて愛し合うこと。なぜなら、「愛は多くの罪を覆うからです」とパウロは語っている。

「多くの罪を覆う」。ともすれば、それは悪事を“覆い隠す”、というイメージになるかも知れない。
悪事と罪を覆い隠し、人から見えないようにし、その責任を逃れようとする行為である。しかし、それが相手の罪であるならばどうだろう。
しかも、自分に損害や迷惑を与える相手の罪だとしたら‥‥もしそうだとしたら、覆うということは、隠すというよりも、“かくまう”とか “かばう”というニュアンスになる。

もう一つ、「覆う」という言葉は、英語ではカバーと言う。私たちがミスをした時に、それをカバーしてくださる存在がイエス様である。
この手紙を書いたペトロも、自分のミスをイエス様にカバーしていただいたと強く感じていたに違いない。

私たちも生かされてある限り、多くの罪を覆い合い、互いに愛し合うイエス・キリストの道を歩いて行きましょう。

牧師 三浦 啓

讃美歌 487「イェス、イェス」