「そのような場所にも」第4アドベント礼拝

降誕前第1主日礼拝
讃美歌242「主を待ち望むアドヴェント」
讃美歌269「飼いばおけにすやすやと」
ルカによる福音書2章1-7節
2千年前のユダヤ人は、本籍地を大切に考えていたようだ。ローマ帝国の皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、「登録をせよ」との勅令が出された時、彼らは本籍地で登録しようとした。
ユダヤ人はとても血筋を大切にする民族であった。自分がどの部族のだれの家系に属しているかはっきりと分かる。
それが、自分が神の救いを約束された民族の一員であることの証明だったからである。
ヨセフは、お腹が大きくなっているマリアを連れてベツレヘムへ向かった。150キロ近くある道のりは、臨月に入っているマリアにとって、楽な旅ではなかっただろう。
約1週間、ろばの背に揺られ、ベツレヘムに着いた時には陣痛が起こっていたとしても不思議ではない。ヨセフは焦りを覚えながら、泊まる家を探したのだろう。
しかし、ヨセフとマリアは宿を取ることができず、家畜小屋に泊まらせてもらうことになった。
イエス様の出産の場面で、「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」と記されていることに大きなメッセージが込められているように思う。
それは、イエス・キリストには生涯、「泊まる場所がなかった」ということを象徴しているのではないか。
空間的な意味での場所よりも、精神的な意味での場所、いわゆる“居場所”というものが、イエス様にはなかったのではないだろうか。
家庭があってもそこに安らぎがなかったら、職場があってもそこで安心して働けなかったら、学校があってもそこで友だちからいじめられたら、そこに居場所はないのだ。
居場所の有る無しは、私たちの人生においてとても重要な事柄なのだ。ある意味で、イエス様も居場所探しをしていたのかもしれない。
罪深い私たちだからこそ、そのような場所にもイエス様は愛を携えて訪ねてくださる。そのことを覚え、クリスマスをお祝いしましょう。
牧師 三浦 啓


