「心の一隅を認めて」創立記念礼拝

降誕節第4主日礼拝

ヨハネによる福音書3章16-21節

今日の聖書箇所に「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」とある。
ルターがヨハネによる福音書3章16節の御言葉を、“小さな聖書”、“聖書の中の聖書”と呼んだ。聖書が私たちに伝えたいことを凝縮すると、この一言に集約される。
たとえ聖書のすべての言葉が失われても、この御言葉があれば、神様の御心は分かる。ルターをして、そう言わしめた御言葉である。

この御言葉の中心は、神様の愛だ。神様がどれほど世の人々を、私たちを愛しているか、ということである。
この愛を表わすために、神様は、ご自分の独り子イエス・キリストを、世の人々にお与えになった。この世に人として天から遣わし、人々を罪による滅びから救うために、ご自分の独り子を犠牲になさったのである。
イエス様がお受けになった十字架刑が、この救いのための犠牲だと、私たちクリスチャンは信じている。

自分の独り子を失ってまでも、この世に愛を届ける。その愛は、一つの贈り物として届けられる。それは「永遠の命」と呼ばれる救いの恵みである。
この「永遠の命」は、「神の国」と言い換えることができる。神の国とは、“神の愛が行き届いている”ということである。

20世紀に生きた森有正は、「人間には誰しも心の一隅を持っている」と言っている。心の中にある醜い部分、隠したい部分のことである。
その心の一隅を認めることが大切だという。

今日は創立記念礼拝を守っている。私たちも心の一隅を認め、109年共に桐生東部教会と歩み、お守りくださった神様に心から感謝しましょう。

牧師 三浦 啓