「平和の砦を築こう」
聖霊降臨節第11主日礼拝

エフェソの信徒への手紙2章14-18節
今日は平和聖日礼拝として礼拝を守っている。
ユネスコ憲章の冒頭に「戦争は人間の心の中で始まる」とある。私たちキリスト者にとって、心の中に平和の砦を築くとは、イエス様の御言葉や教えに聴き従い、イエス様のように愛を中心にすえた生き方を実践することではないだろうか。
争いとは、相手に対して「敵意」を感じるところに起こる。そして、「敵意」は、お互いの“違い”を赦せないと感じるほど意識するところに芽生えるのだ。
聖書の時代、ユダヤ人と異邦人という二つのものは、敵意を抱き合っていた。なぜなら、両者の間には「律法」という大きな違いがあったからだ。
ユダヤ人としてお生まれになったイエス様は、敵意の元となり、平和の妨げとなっている律法を「廃棄」した、と記されている。
いや、廃棄しつつ律法に込められた“神の心”を汲み取り、完成したと言った方が正確だろう。
イエス様は、規則と戒律ずくめの律法の中で、最も重要なのは、心を尽くして神を愛することと、隣人を自分のように愛することの二つに絞り込んでいる。
「隣人を愛し、敵を憎め」という律法を、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈る」ことで廃棄し、完成させているのだ。
平和な関係は、相手を自分と“同じ”だと認めたところに強く造り上げられる。
イエス様の「十字架」は、この“同じ”という意識を生み出した。
イエス様は十字架は、すぐに相手に敵意を抱き、対立し、争い合う者に、その罪に気づかせ、悔い改めに導き、神の赦しを与えるしるしとなった。
私たちもかつての戦争に加担した罪がある。同じ過ちを繰り返さないために、心から平和の砦を築く歩みを進めましょう。
牧師 三浦 啓


