「起き上がって行く」
聖霊降臨節第13主日礼拝
讃美歌 458「信仰こそ旅路を」

マルコによる福音書 2章1-12節
今日の聖書箇所は「中風の人をいやす」という箇所である。
この中風とは、現代で言うどの病気にあたるのかは分からない。しかし、この人物が歩けない状態であったことは間違いない。
この人の癒しを巡り、イエス様がどのように関わられたのか、そして、それに対してユダヤ教の指導者たちはどのような反応を示したのかを見ていきましょう。
イエス様のもとに大勢の人が集まっていた。そこに中風の人を床の上に乗せ、担架のように4人の人が運んで来た。
すでに家の中にいるイエス様に近付ける状況ではないが、4人はその屋根の上に上り、その屋根に穴をあけ、ちょうどイエス様のおられる辺りにこの人を吊り降ろしたのだった。
4人はそれほど必死に、この機会に賭けたのであった。そして、それほどまでに、「イエス様であれば、この症状を必ず癒してくださる」と信じていたのである。
イエス様は、その人たちの必死な思いに「信仰を見て」、中風の人に「子よ、あなたの罪は赦される」と告げた。
イエス様が罪の赦しを宣言されたのは、当時のユダヤ人社会においては、病気はその人自身か家族が罪を犯した結果としてもたらされると考えられていたからだ。
つまり、この中風の人は、病気の症状に苦しんでいただけではなく、「あいつは罪を犯した者だ」という世間からの目線やレッテルにも苦しめられていたのである。
その人に対し、イエス様は「子よ」と親しく呼びかけられ、彼を苦しめていた罪からの解放を告げたのだ。
それに対し、律法学者たちは、批判的な見方をしている。
中風の人が起き上がったように、私たちもイエス様の十字架によって神様との関係が回復されている。
そのことに力をもらい、前を向いて歩みましょう。
牧師 三浦 啓


