「愛に基づいて」

聖霊降臨節第15主日礼拝

讃美歌 475「あめなるよろこび」

ペトロの手紙一 2章11-17節

およそ2千年前、新約聖書が書かれた頃、ローマ帝国において、キリスト教は誤解されていた。
クリスチャンと教会は「悪人呼ばわり」されていたらしい。
聖餐式の文言から、クリスチャンが人の血と肉を口にしていると勘違いされ、ローマで起こった大火事の犯人がクリスチャンである、と嘘の情報が流されたからだ。

しかし、ペトロは、「異教徒の間で立派に生活しなさい」と勧めていた。
実際、キリスト教の清潔な教えと生き方が、人々に認められている面もあったらしい。
また、ローマの制度に従うか否か、という問題もあったという。人間の制度に従うのか、信仰的な考え方に従うのかという葛藤があったのだろう。

その判断基準とは何だろうか。その判断基準とは、クリスチャンは「旅人」であり、「自由な人」であり、「神の僕」である、ということだろう。
しかし、私たちクリスチャンの自由は“無秩序”という意味ではない。
何でも自分の思いのまま、欲望のままに振る舞って良いという意味ではないのだ。
私たちは天国に属する者となった。天国には、天国の価値観がある。判断基準がある。それは、「神の御心」である。
その神の御心から見て、どうかということを判断することが大切なのだ。

「神の僕として行動しなさい」とペトロは言う。神の御心に従って行動する。神の御心とは何だろうか。私は、“愛”だと思う。

私たちの具体的な行動は、間違うこともあるでしょう。分かっていても完全になんてできないこともあるでしょう。それで良いのである。
大事なことは、神の僕として、愛に基づいて考え、行動するように心がけること、それを大切にしていきましょう。

牧師 三浦 啓