「謙遜を伴う礼拝」

降誕節第5主日礼拝

讃美歌520「真実に清く生きたい」

列王記上8章27-34節

今日の聖書箇所は、エルサレム神殿の献堂式の場面である。イスラエル王国3代目のソロモン王が、エルサレムに神殿を建築した。神様の契約の箱を置くためである。
神の箱を幕屋から神殿に運び入れる式典を行い、その式典において、ソロモン王は感謝の祈りをささげた。その祈りの一部が、今日読んだ聖書箇所である。

ソロモンは、神様のために大きくて、美しい神殿を建てたが、“これがおれの力だ”と自分を誇らなかった。
たとえどんなに大きく、立派な神殿を建てたとしても、神様の力、神様の偉大さにはふさわしくないことをソロモンは知っていたのだ。

私たちは、礼拝で「主の祈り」を祈る。その最初に、「天にまします我らの父よ、願わくは御名をあがめさせたまえ」と祈る。
この「あがめる」と訳されている言葉は元々「大きくする」という意味を持っている。それは裏返せば、自分を小さくするということだ。
自分の力を誇らず、神様の前に小さくなる。それを“謙遜”と言う。謙遜な心こそ、まことの礼拝をささげるために必要な姿勢だろう。

神殿は、神様が私たちの祈りに耳を傾け、聞き届けてくださる所だ。イエス様も、神殿は「祈りの家でなければならない」と言われた。
その神殿で守られるまことの礼拝とは、神様の前に自分を小さくする謙遜な思いをもってする礼拝だろう。そして、謙遜な心で、自分の罪を認め、悔い改め、神様の愛を信頼して憐れみと赦しを願う礼拝だろう。
私たちも教会に集い、礼拝を守る時に、謙遜と悔い改めを込めて祈りをささげ、神様に喜ばれるまことの礼拝を守っていきましょう。

牧師 三浦 啓