「今でしょ」

復活節第7主日礼拝

ヨハネによる福音書5章19-30節

ヨハネによる福音書は「今」を意識して記されている。
ヨハネ以外の3つの福音書は、特に、神様の裁きと永遠の命を“今”ではなく、“将来”の出来事として考えている傾向がある。私たちも、そのように受け止め、神様の裁きと永遠の命は、まだ先のことと考えがちだ。

しかし、ヨハネによる福音書は、それは将来のことではない、「今だよ」と強調するのである。
今を、今日を、イエス様の言葉を聞いて、父なる神様を信じて、父の御心に従い、イエス様に倣って生きよう。
今日をそのように生きたら、あなたはもう永遠の命を生きている。永遠の命の領域に移される。あなたの命は、死の領域から、永遠の命の領域に移行されている、とイエス様は言うのだ。
だからこそ、イエス様は「今」を大切にされた。「父のなさること」を見て、「わたしをお遣わしになった方の御心を行おう」とされたのだ。

加えて、イエス様は私たちの罪を贖うために、ご自分の命を差し出してくださった。
あとは何が必要なのかというと、私たち自身が神様から愛されていることに気づくだけだ。
イエス様はそれを待っておられる。私たちが信じることを待っている。今、私たちが決断することを待っている。“待つ”ということが、イエス様の姿勢なのだ。

「今」という時は今日だけではない。今日を逃したら、明日もまたイエス様は「今でしょう」と言って待っておられる。
敗者復活、死者復活のチャンスは、明日も明後日も続く。その営みは永遠なのだ。
イエス様の「今」は永遠だ。だからこそ、“いつか”ではなく、私たちは「今でしょう」という信仰を大切にしていきましょう。

牧師 三浦 啓