「きっかけの役割」

聖霊降臨節第2主日礼拝

ヨハネによる福音書5章31-40節

イエス様とは何者なのか。それは私たちにとっても、信仰上の最も重要な問題だ。
特に、日本で生きている私たちにとって、2千年前にユダヤで生きたイエスという人と何の関わりがあるのか。疑問を感じる人が少なからずいる。
自分にとって、イエス様とは何者なのか。それがはっきりしたら、私たちは信じることができるだろう。
イエス様ご自身は、自分は何者だとは自己証言をしない。では、イエス様のことを証言するのはだれなのか。
それは、イエス様の業、父なる神様、聖書、そしてヨハネをはじめとする人間だ。

最初の三つの証言は、私たちにとって、ある意味一つだと言える。と言うのは、イエス様のなさった業も、父なる神様の言葉も、聖書の中に、特に新約聖書の中に書き記されており、聖書を通して私たちはイエス様の業も神様の言葉も知るからだ。
しかし、第四の証言、人間の証言は、先の3つとは質が違う。
聖書、イエス様の業、神様の言葉とは、言わば神様ご自身の直接的な証言である。
イエス様は、「人間による証しは受けない」と言われているが、これは「人間の証しは要らない」と言っているのではない。きっかけを作るという意味で、私たち人間の喜びの伴う証言はとても大きな役割を果たす。

そういう意味では、大胆に自分自身の信仰を証することを大切にしていきたい。
すべてをイエス様にお任せして、これからも信仰の道、求道の道を進み、まだ教会に繋がっていない隣人が教会に出会う、イエス様に出会う、神様に出会うきっかけのような役割を担っていきましょう。

牧師 三浦 啓