「霊的なスタンスで」

聖霊降臨節第9主日礼拝

ヨハネによる福音書6章60-71節

五つのパンと二匹の魚で5千人の人を満腹させるという奇跡の業をイエス様がなさった後、ユダヤ人はイエス様と命を生かすパンについて対話をした。
朽ちるパンではなく、永遠の命に至る朽ちないパンを求めよ。
そして、永遠の命に至るパンとは、イエス様ご自身のことであり、イエス様の「肉」のことである。
そのように言われるイエス様の言葉に、ユダヤ人たちは、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と反発した。
ところが、イエス様の言葉に反発を感じたのは、ユダヤ人の群衆だけではなかった。
イエス様の弟子たちもその多くの者が、この話を聞いて、「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか」と反発し、イエス様のもとから離れ去って行ったのだ。

イエス様の肉を食べるということは、イエス様を信じるということだ。
自分の考え方、自分の価値観を守ろうとしたら、イエス様の言葉を受け止め、信じることはできないだろう。
イエス様の言葉は「霊であり、命である」と言われる。なので、命をいただくためには、生きる勇気と力をいただくためには、イエス様の言葉を霊的なスタンスで聴く必要がある。

では、霊的なスタンスで聴くとはどういうことだろうか。
それは、自分の価値観や信仰の考え方を、一旦脇に置いて、イエス様の言葉を否定せず、批判せず、そのまま聴いて自分の中に取り込む、ということだろう。
ペトロは「あなたは永遠の命の言葉を持っておられます」と告白した。
私たちも、霊的なスタンスで、イエス様の言葉には「命」があると信じて聴き続けましょう。
それは必ず、私たちの内で、「永遠の命」へと続く道になります。

牧師 三浦 啓