「心に愛を」

聖霊降臨節第15主日礼拝

ヨハネによる福音書8章1-11節

一人の女性が姦通の現場で捕らえられ、イエス様の前に連れて来られた。
律法の原則とも言える十戒には「姦淫してはならない」と定められている。
律法学者やファリサイ派の人々は、イエス様を律法違反で訴える口実を得ようとしたのである。
イエス様が女性を憐れんで、石打ちの刑にしてはならない、と言えば、律法違反となり、何らかの処罰をすることができるようになる。
他方、処罰されないために、石打ちの刑にせよ、と言えばいいではないか。
いや、皆さんはそのように答えるイエス様を想像することができるだろうか。私たちは、そのようなイエス様は見たくないのではないだろうか。

律法学者やファリサイ派の人々はしつこくイエス様に問い続けていた。
それに対しイエス様は身を起こし「あなたたちの中で、罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」と言われた。
律法学者やファリサイ派をはじめ、その場にいた人々にとって世界が一変するような一言だったのではないだろうか。
裁く者が、この一言で“裁かれる者”に立場が変わったのだ。
神様の前に立たされて、“お前は、私に対して罪を犯したことがないのか”、“罪のない者として、上からこの女性に石を投げられるのか”と問われる立場に置かれたのだ。

この一言の前に、年長者から始まって、一人また一人と立ち去って行った。
だれもが自分は罪を犯したことがない、自分は正しい人間だとは思えなかったのだろう。
イエス様は女性に「私も罪に定めない。もう罪を犯してはならない」との派遣の言葉をかけた。
裁くことだけが大事なのではなく、心に愛を持つことの大切さ、愛することの大切さを伝えたのだろう。
私たちも心に愛を持つ歩みを進めましょう。

牧師 三浦 啓