「備えられた時」
聖霊降臨節第18主日礼拝

ヨハネによる福音書8章12-20節
時は仮庵祭がエルサレム神殿で行われている時であった。
祭りの最終日に“光の祭り”と呼ばれる特別な記念イベントが行われた。
その記念イベントに合わせて、「わたしは世の光である」とイエス様は宣言したのである。
あなたがたユダヤ人は、神という光を持っていると思っているかも知れない。
光の中を歩いていると思っているかも知れない。
しかし、実はあなたがたは暗闇の中を歩いている。
「自分がどこから来たのか、そしてどこへ行くのか」見えていない。
だから、世の光、真の光であるわたしのもとに来なさい。
そうすれば、あなたの歩く道が、進むべき道が分かるようになるから‥‥。
イエス様はこう言って、祭りに集まって来たユダヤ人たちを、また祭りの主催者であるユダヤ人たちをも、ご自分のもとに招いておられるのだ。
律法や聖書の言葉を解き明かし、汲み取り、私たちの生活に、人間関係に、生き方に活かしていく上で、いちばん重要なポイントは“愛”である。
イエス様は何よりも、神様の愛を大切にされた。神様の愛に従って、人を愛そうとされた。
イエス様は、「自分がどこから来たのか、そしてどこへ行くのか、わたしは知っている」と言われたが、それは、ご自分の命の根源は、神様に愛されていることであり、また進むべき人生の目標、目的地は、神様を愛し、人を愛することだと知っておられるということだ。
神様を信じ、イエス様に従って生きる私たちにも神様は道を、時を備えていてくださる。悩みや課題があったとしても涙が喜びに変えられる時が必ず来る。その恵みが自分の人生にも与えられることを信じて歩んでいきましょう。
牧師 三浦 啓


